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ちょっとリッチ部

少しでも満足感を高める生活を

ノリでやっちゃう理由

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放っておいても歳はとるなぁと思う今日この頃です。
若い頃と歳をとった今、明らかに違うのはノリの良さです。

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若い頃は仲間が海に飛び込めば続けとばかりに海に飛び込んだり、朝まで飲むと決めたら体力が尽きるまで飲み遊びました。

これらの原動力は【ノリ】遊びに理由なんてなかったです

大人になり歳をとるとノリは影をひそめます。
着替えがないから海には飛び込まない。
明日があるから朝まで飲まない。

ノリと現実が綱引きして現実が勝つことが多くなりました。

いつからこんな自分になったのでしょうか、その理由を私なりに整理してみます。

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エネルギーが足りない

歳をとると体力が落ちます。
体力は遊びには重要なエネルギーで体力がなくなると遊びへの活力が低下します。

また、無理して遊んでもその後のダメージ回復に時間がかかります。
朝まで飲めば次の日は廃人です。
若い頃はすぐに復活したのになぁ…何かとエネルギー不足は不便です。

歳をとると馬鹿をやる元気が無くなるのです。
衰えから来るノリの悪さ…とても残念です。

計画的になった

社会にもまれているうちに私は若い頃より計画的な思考になってしまいました。
時間もお金も無限にあるものではなく、有効に使う意識が身について離れません。

だから、若い頃のように今だけを楽しむノリを素直に受け入れできない私がいます。

遊びに理由は無いのを知っているクセに理由を探してしまいます。
大人は現実的で窮屈です。

全てを忘れてノリでガンガン遊ぶ、なかなかできなくなりました。

疲れに種類が無くなってきた

若い頃は「勉強の疲れ」と「運動の疲れ」と「遊びの疲れ」は全てが別物でした。
それぞれの疲れがMaxになるまで活動できた気がします。

それが歳をとると「仕事の疲れ」と「遊びの疲れ」が非常に近い場所にあり、切り替えることが難しくなってきます。

「エネルギーが足りない」に近いものはありますが、エネルギーの使い分けすら難しくなる感覚です。

ノリはあっても仕事の疲れが…とてもややこしいです。

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私は遊びはとても重要と思っています。
いつでも、楽しく遊ぶために働いていると思っています。

今はとにかくエネルギーを増やすことにはげんでいます。
体力だけは頑張れば増やせます。
ここで手を抜くと気持ちは遊びたくても体がついて来なくなります。
それは嫌なので休日は走ります。

若い頃のようなノリの良さは思考的に無理な気がしています。
だから、私は遊びにメリハリをつけて計画的にドカンと遊びたいと思っています。

ノリから進化した理由なき遊びを計画的に!

ハメを外せる大人になれたらちょっとリッチと思っています。

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